転んでもタダでは起きない話

 何度目かの教会の日韓合同修養会に参加したとき、公式行事の前に、ソウル市内の名所「景福宮」に案内された。急坂、階段が多いと知り、敬遠して出口で皆を待っていると固辞する身体障害者の私に、車イスを用意して「ぜひ一緒に」と口々に誘われ、結局、親切なその熱意にためらいながら従った。しばらく行くと、断続的なガイドの声を耳に、私はすぐ自分の甘さを深く後悔する。予想以上に多い急坂、階段。その度毎に三四人の日韓の若者が息を揃え、汗を流して私の車イスを担ぐ。しかし、もう戻れない。ただ申し訳なさに観念の目を閉じ身を小さくして、揺れるがままにゴールまで運ばれたその道中、ふと、聖書の中の相似た光景を思い出した。寄る辺ない群衆に福音を語られる主イエスに会わせたい一心で、戸板に乗せて運んできた「足なえの男」を、屋根板をはがして天井から主イエスの前に吊り降ろした話。しかもそんな無鉄砲なことをした人々をじっと見て、主イエスは祝福されたという。私はその夜の歓迎会のスピーチで、ことの顛末を伝え、「日韓共同の若い方たちの愛のわざに与ったことを心から感謝している」と結んだ。だが席に戻り、小さな自己満足の気分にひたっている耳もとに、昔のCSの生徒のひとことがそっと聞えた。「先生、転んでもタダでは起きませんね」

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