記憶に残る一瞬の光景

 一瞬のすれちがいの光景が、記憶のカンバスに焼きついて、生涯、忘れられずに残っていることがある。空襲で破壊された街の数日後の夕暮れどきは、不気味に静かだった爆撃によってところどころに大きな穴や土砂の山ができて、都電が不通になった不忍通りの全半壊した家々は、柱や棟木をムキ出しに、歪んだり傾いたりしながら並んでいた日中の右往左往する人々の群れが汐の引いていくように、たそがれと共に消えていくとあとは壊れた隣家の漏水のしずくする音が聞えてくるほどの静寂さになった。そんなとき、私の視界を二人の父娘の姿が横切った。明らかに、それは被災して一切の生活の場や家財を失った人の姿であり、あるいは更に大事な家族の死を見とどけて、先を急ぐ人の様子にも見えた。二人とも泥だらけの和服で、年配の男性は前方をしっかりと見据えて大股に歩き、深い悲しみに泣く娘を一本の雨傘で引きずるように連れていく感じだった。どこから来て、どこへ行こうとしていた父娘なのか、私は知らない。ただ、あれから六〇年を経たいまも、次第に暮色が深まる街並と共に私の脳裏に鮮明によみがえる。彼らは、当時の過酷な絶望的状況を必死に生きていた日本の人たちの象徴的な姿であると思えてならない。

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