ターニング・ポイント

 以前、私自身の生きてきたこれまでの経過をポツポツと語っていたおり、ある方から「その時があなたのターニング・ポイントでしたね」と言われたのが、強く心に残っている。それは九州に疎開していた母と私を、もう一度、東京で暮らすようにと呼んでくれた姉の家から、私の決断で出たときのことである。姉は、肢体障害者である私を終生面倒をみようと思っていたようで、多少、意にそわないながら経済力のある人と結婚し家庭を持った。そして口実を設けては自分のところに私たちが来て、共に暮らすことを希望した。私もその思いを察し表面的には平穏な日々を過していたのだが、姉の配偶者との基本的価値観の違いによる心理的ストレスが徐々に高まり、忍耐も限界に達したとき、姉の配慮を無視して母と共に、姉の家を出ることを決意した。

 何の生活の保証もなく、五〇代半ばの母と障害者の私とが独立生活することは、無謀に近いことであったと思う。正直行く先は全く見えなかった。ひたすら屈従的な日々を拒否する思いだけが胸にあった。以後五〇余年、当時の猛々しいまでの心の昂りは、もう私の中のどこにもないが、あのときの、あの決断が私の人生を大きく変えたことは確かである。キリストの光を仰ぐ祝福は、その苦悩に満ちた道の果てに備えられていた。

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