谷中墓地界隈。セピア色の青年の日の思い出の情景が眼の裏に浮かぶ。滅多に外出しない若い障害者の私だったが、ある日、ひとり谷中墓地に散策に出かけた。巾の狭い石畳の道を歩いていると、背後から下校する一団の中学生たちの声がにぎやかに迫ってきた。やがてその声が一定の距離に近づくと、急にしーんと静かになった。そして声のない集団のなかから、どうにも抑えきれない声を殺した忍び笑いの漏れてくるのが聞えた火で灼かれているような痛みを感じる背中で、私は見えない彼らの様子を知っていた。羞恥、屈辱、悲しみ、怒り。若い私は蒼白く燃え上がる炎の表情で、サッと振り返ると、集団の中央にいるひとりの少年に言った。「きみ、ミミックが上手だね!」。
人のよさそうな彼は、見る見る血相を失い、こわばった顔で、他の少年たちと共に、立ち尽くす私の横を言葉もなく小走りに駆け抜けて行った。遠ざかっていく彼らの後ろ姿を見つめていたとき、私の心は異常なほど高ぶっていた。自分を笑い物にした者たちを、一瞬でもやりこめることができたことへの満足感の興奮か。
しかし、あれからすでに半世紀の星霜が経つのに、忘れられないあの時の表情。記憶に消えない表情を思い出す度に、私の心は揺れ動く。