ヒロシマでの「噂」

 戦後七・八年経って、広島の知人宅を訪ねた。まだ原爆投下の焼跡が広く残り、人々は周辺の焼残りの一角に住んでいた。そこでは一瞬にして多くの命が奪われた街の『噂』が数々語られていた。

 旧広島師団のあった塀の中で、夜になるとザッザッと行進する兵隊の軍靴の音が聞えたとか、或る銀行の壁の中から、若い女性の泣き声がしたとか、夢枕に立った娘さんの「胸の上に重い石がのって苦しい」の言葉に心当たりの石を取りのけてみたら白骨死体が出てきたとか、実に多くのことを耳にした。市内電車に乗っていたとき、知人の息子さんが「あの家は幽霊が出るということで、借り手がないそうだ」と教えてくれた比較的大きな家の、ボンヤリ灯った門灯がいまだに記憶に残っている。

 非人間的な、あまりに非人間的な、科学技術の悪魔的成果である「原子爆弾」によって破壊した街々の、こうした多くの奇怪な『噂』には何と懐かしい人間的な思いが満ちていることだろう。生きたい、生きていたい、という人間の基本的な願いを否定したものの一切は、端的に『悪』である。わが国が大戦を始めて犯した他国への犯罪を認めると共に、この原爆投下が人類に犯した犯罪を認めなければ、私たちに真実の明日はない。

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