本当に大好きなもの

 人間にとって大きな楽しみであるご馳走を食べて食欲を満たす、ということが、私にとっては、そんなに楽しいこととは思えないで来たのは、大いに残念なことである。せっかく人間として生きてきたのに、そしていまどき、どこにでも美味しいものは沢山あるというのに、それらにほとんど興味がないというのは実に不幸なことである。それは私が身体障害者で、外食する際に家族に食べさせてもらう姿を衆目にさらしたくないという基本的な思いによる結果であると思う。だから、人間として味わう美味の楽しさも知らずに終わる生涯であるとしても私の場合、自業自得である。
 しかし、そのためかどうか、高蛋白、高脂肪なご馳走を口にしない私の体は、老人検診のどの数値もクリアーで、チェックされたことがほとんどない。同年代の方たちに比べても、内臓疾患もなく元気にしている。そんな私もだんだん年をとって、妻に食事の介助をされてもさほど気にならなくなると、急に行動範囲が拡がり、誘われるままに何度も韓国に出かけたりした。あるとき、韓国に同行したひとりの夫人から昼食の席で、「あまりお食事をされないようですが、本当は何がお好きですか」と親切に聞かれた。私は少し考えて正直に「人を喰った話が大好きです」と答えた。

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