母の悲しい怒り

 私は生涯のうちで一度だけ、私の言葉で母を深く悲しませたことがある。父親が早く亡くなり、残された子どもの養育のために苦労している母であることは、よく分かっているのに、どういう動機だったか、突然「自分が身体障害者になったのは、すべて親の責任だ」という意味のことを口走った。衝撃を受けたように表情を変えた母は「あなたはそんな風に考えていたのか」と呟いて、急に押し黙った。その様子を目の前にして一種の興奮状態から醒めたような気分になった私は、とんでもないことを口外したという思いから、ひどく落ち着かない心持ちになった。

 その情況がどのように収まったか、ほとんど記憶にないが、ただ気丈な母が悲しみの表情の底にいささか怒りをこめて「そんな考えで生きてはならない。そんな考えをもって生きていたら、あなたを大事に思っている人の思いまで失ってしまう」という意味のことを強く言ったことは覚えている。その後、二度と同じような言葉を発しないばかりか、私自身、障害者としての私の人生に起こったできごとを誰かのせい、誰かの責任と思うことは一切やめた。思いがけない偶然の連なりで過ごしてきた私の地上の生活も、信仰によれば大きな祝福の必然に向かう日々であると思えるようになったから。

タイトルとURLをコピーしました