素直を生きる

 身体障害者として生きる息子の私に対して母は、口癖のようにいつも「素直であれ」とくりかえし教えた。さまざまに予想される困難な人生の中で、せめて他人に悪く思われないように、との母の配慮だったのだろう。三人の子育てにがんばる気丈な母が、決して素直とはいえない一面があることを感じていた私には、少しく矛盾していると思った。でも表面だけでも素直に聞き従っていたが、やがて青年期になると、何かモヤモヤした苛立つ気分から「素直であれということは、親や保護者に都合のいい人間になれ、ということではないか」と胸中で反発した。そして胸の底から沸き上がってくる反抗心のままに、黙々として「心の荒れ野」を独りさまよっていた。(真夜中、祖母の枕元のキセルでひそかに初めて喫煙し、ひどくムセたことも、懐かしいその頃の記憶?)

 ある日の夕方、内面から噴き上げてくる否定的な感情に突き動かされて抑圧の我が家から逃亡しようとした。男物の下駄をようやく履き、表の通りに出た途端に、下駄の鼻緒がブッツリと切れた。立往生する私の目前で九州の西の空に沈む太陽が大きく赤々と燃えていた。スゴスゴと家にもどった若い私は、涙の出ない涙を流し、以後、表面的な素直を生きた。

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