姉の家を出る

 私の姉を見初めて結婚を申し込んできたとき、M氏は姉が最も心にかけていた障害者の私を温泉療法で「少しでも治して上げたい」と言い続けていた。しかし、それは「善意の嘘」に終わり、一回も実行されなかった。腕のいい歯科技工の職人で、経済的には安定していたのだが、幼くして母親を失い、人間としての成長過程で得るはずのものを与えられなかったためか、性格的に偏頗な面が徐々に出てきて姉も母も人知れず、大変苦労していた。しかし「誰でも欠点はある」と考えて過ごすうちに、やがて成長した子どもの教育問題で、皆がひどく困惑することに直面した。

 「子どもはなまじ、大学になど行かせると、親をバカにするようになる」と思いこみ子どもを義務教育だけで社会に出そうとする考えに、姉や母は懸命に翻意を求めて説得したが、頑固に自説にこだわって聞かない。それで、それまで自分の殻に閉じこもり、一切家庭内のモメゴトに無関係でいようとしてきた私までが、とうとう、口を出したので、彼のカンシャクは爆発した。「喰わせてもらっているくせにナマイキだ‥‥」と叫ぶ言葉を耳にすると、若い私も血相を変えた。それから数ヶ月後、姉の私に対する配慮も忘れ、行く先も知らないで、姉の家を出て、無謀な自立生活を始めた。

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