長女が教会青年会の会報係の頃、「埋め草」を頼まれたのがキッカケで、一篇約五〇〇文字前後の文章を書き始めた私は、短くても結構「思いのたけ」は書けるものだと思うようになり、興味が出てきて、折に触れてあれこれと書き続けてまいりました。
それらを見て妻が「少しは整理してみたら」と言うのに同意し、ちょうど百篇あまりの文章を見つけましたので、「ちよろがの」(九州の古い方言で「と、言っているではありませんか」の意味)として皆さまに読んでいただこうと、このささやかな小冊子をつくることを思い立ちました。
読んでみると、結果的にはまとまりもなく綴った「私の自伝」のようになりました。
主として幼い日からのことを思い出したり、そのとき考えたりしたことを、気の向くままに書いたことでしたが、その後、多くの曲折を経て与えられたキリスト教の教えに基づく信仰の思いも、つたないながらいくつか加えました。そのほかにも、編集のお手伝いをしてきた二、三の会報に載せた短文もありましたが、経済社会状況がたいへん変わりましたので、それらはほとんど入れませんでした。
一九三〇年生まれのひとりの身体障害者が戦中・戦後の激動の二〇世紀(日本の元号でいえば昭和から平成の時代まで)を、市井の一隅で何を思い、どう生きたかを、この短い文章の断片を通して、読みとっていただければ、これ以上の幸いはありません。
二〇一一年六月
いつのまにか八十一回目の誕生日を迎えて
中村雄介