生前、親父が「結婚するのも子どもを育てるのもバクチみたいなものだ。実際やってみないと分からない」と言い放ち、品位を重んじる母親からヒンシュクをかったそうだ。多分競馬好きの親父が無数の外れ馬券と引き換えに得た人生訓だったのだろう。
確かに結婚・子育てに限らず、人生は生きてみないとどうなるか分からないことばかりだ。もし人生の全てが前もって分ってしまっていたら、この世は単純で退屈な楽観論と際限のない悲観論とに塗り潰されているに違いない。
ただ、人間お互いにひどく弱い心の持ち主だから、明日や未来が全く分からないと、不安でたまらないのだ。聖書の「明日のことを思い煩うな」の字句が多くの人々によく愛誦されていることが、それを証明している。
この聖句は、明日に向かって生きる不安に怯え、恐れおののく者の魂を慰めるだけでなく、平安に生きることの赦された希望と喜びを与える。
聖書のことなど全く知らないで死んだ親父が、この聖句を知っていたら、なお安んじて馬券を買い続けたかどうか、私の知るところではない。
知っているのは、親父にとっての子どもの私がやはり「外れ馬券」だろうということ。しかし、悲観することはない。「外れ馬券」もどっこい生きている。