思い出の讃美歌

 過日、息子の所属するアマチュア・オーケストラの演奏会で、ウェーバーの「魔弾の射手」序曲を聞いた。よく知られている、例のホルンの曲の部分が始まったとき、私はふと激しく胸に突き上げてくるものを感じて、思わず心が深く揺り動かされた。

 今から約半世紀前、自分の「障害」を負う人生の不条理に苦悶する孤独な若い魂を抱きながら、みづから教会の扉を叩き、黙々と聖書の言葉を聞く一員になっていたが永遠の真理はまだ、私にとって身辺を吹き抜ける風のようなものでしかなかった。

 そんな私が偶然この序曲を用いた讃美歌(旧・三六五)に出会う。「うれいの雲/胸を閉ざし/なみだの雨/袖にかかり/わが望みは/消えゆくとも/主よ、みこころ/なさせたまえ」かたくなな自我の意識に囚われ、自縄自縛の中で苦しみ悩む果てに示された信仰の真髄は、絶対他者としての神に服従し、神の愛のしるし、イエス・キリストを信じ生きることだった。

 明白な劇的自覚はなくとも徐々に砕かれてゆく自我の壁。そのプロセスに絶えず聞えてきたこの曲だった。技術的優劣はおいて琴線に触れるこの曲により、祝福の日々のいまを生きる感謝の思いを新たにした。

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