遠い、遠い日のイヴ

 そう、あれはずいぶん昔のことだね。なにしろ、いまの数寄屋橋のところに汚い川が流れていた頃だったよ。クリスマス・イブの夜、若い私は、ひどく沈んだ気持ちで、日比谷から銀座の方へ歩いていた。

 数日前、谷中墓地を通っていた時、すれ違った中学生たちの忍び笑いを、焼け火箸のように背中に感じた瞬間、身体障害者の私はサッと振り向き、ひとりの少年に「君、人真似が上手だね」と乾いた声で言ったんだ。人のいい軽薄な彼らは、忽ち表情を失い、スゴスゴと去って行ったが、高ぶった気分が段々鎮まると、そんなことを敢えて口にした自分の驕った憤りがとてもいやになってしまってね。

 重い足取りで数寄屋橋を渡り、ふと入った傍らの暗い小さな公園。冷たいベンチにかけて「聖し、この夜」の明るい橋の上の人の流れをしばらく見上げていたら、突然幼い男の子が「お兄ちゃん、とってくれよ」と声をかけて来たんだ。指さす目の前の枯れ枝にひっかかった白い風船を簡単にとって手渡すと、彼は「有難う」と言って、赤い明りの点いた掘ったて小屋の方に走っていった。

 ただそれだけのことに、解放されたような喜びを感じたことを憶えているよ。当夜、華やかにきらめく銀座から乗った都電で見た正面の鳴咽する若い女性と共に。

 教会に通う前の一瞬の出会いと別れ。

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