貧乏な食事でよかったネ

 両手を使えない者が飲み食いするとき、介添え人が必要となる姿に、若い年齢のときはひどくこだわり、世をあげてグルメ時代、私はどこにも食べに行かずに四分の三世紀を生きて来た。食べる楽しみに対して禁欲的であったためか、いわゆる生活習慣病の兆候はほとんどなく、腎臓、肝臓、そして血圧もすこぶる健全である。甥のひとりで元気なときは美食が大好き、中年になりそのとがめか腎臓ガンの手術を受けたのが「おじさんは貧乏な食事でよかったネ」としみじみ言ったのには、深く同感した。体の健康にとっては、何が幸いするか分からない。

 しかし最近になって、体は健康であっても、世にいう「美味なるもの」を口にする喜びを少しも知らないで、人生終るのもいささか残念な気がして来た。体を悪くしてまで食べようということではないが、味わう程度は許されようか。それに半世紀近い夫婦生活で、家内は食べさせ上手、私は食べさせられ上手になったし、若いときのこだわりはも早や消えた。こうなれば、ピース・ボートにでも乗って、平和な世界一周をしながらいろんな国の、いろんな人の、一番美味しいと自慢する料理をちょっと一口づつ味わってみたいと夢見ている。そのためにも戦争はいけません。

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