全生園にて

 三〇年近く前、月に一回、当時の牧師とともに、多摩全生園の病床訪問に出かけた。まだ北条民雄の『いのちの初夜』に描かれたような古い建物が多く残っていて、案内される薄暗い廊下や病室では、無意識に緊張していた。長いハンセン病のため、中には既に視力を失い、手足の感覚もマヒしている方もおられた。ある日のこと、牧師が他に用事ができて、私に病床訪問をするように言われた。言われるままにキリスト者の方の枕辺で聖書を読み、短い奨めをし、執り成しの祈りを捧げてきただけなのだが、その日はいつもより時間が長く感じられた。園内の畳敷きの会堂に戻ると、正直、ホッとした気持になった。その会堂では会員の方々と一緒に、牧師の説教による夕べの礼拝を終えてから、茶菓のもてなしをいただきつつ、少しく歓談の時を過すのが恒例だった。本当に屈託なく優しく心あたたかい方々ばかりだったが、病のゆえに、それぞれに肉親との縁を絶たれ、孤独な重い人生を負っている方が多いと聞かされていた。そのためだろうかある時、一緒に参加してた私の長女が、帰り際、障害者の私の靴履きをかがんで手伝おうするのを見て、何か世にありえないことを目にしたかのように、女性の方が激賞したのには、かえっておどろき、心が沈んだ。

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