六〇年ぶりの一冊

 九州に疎開していたころ、出会った河合榮治郎編著「学生叢書」の一冊、「学生と読書」を、六〇年ぶりに手にしたとき、深い感慨を覚えた。敗戦直後の窮乏の日々、時折停電する中で懸命にページを追っていた頃の若く熱い思いがよみがえってくる。特に私の場合、障害者のため、公的教育機関から排除された者としては、系統的に学ぶための「読書指導」をしてくれる貴重な一書だった。今回、編者の序文を少し読み直してみて私自身が自覚している以上に、編者の理想主義的人格主義の思想に深い影響を受けて来ていたことに気がついた。この「学生叢書」に初めて触れてから六〇年。その間、私の魂に根づいた彼の思想は、私の人生、生き方に絶えず影響を与えてきた。しかしまた、そのために具体的な生活のただ中で深い挫折をも与えた。自立を望む日々、抱き続けた思いのままに生き得ない絶望からキリストの門を尋ね求めて、そこで新たな生きる道を知ることができた。

 そのキッカケとして、漱石の作品の中の言葉「もし人間として真実に生きようとすれば、精神病院に行くか、自殺するか、宗教に飛び込むか、しかない!」に倣った、孤独な日の決断だったことを思い起こす。その漱石の存在を教えたのもこの叢書であった。

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